2017.03.12 (Sun)
My Favorite Song ~銀のセイレーンの歌~ 第五部 32-4
王子の言っていた通り、城門を抜けたところに馬車が用意されていた。
大人しそうな2頭の馬の前で御者らしきおじさんが恭しくお辞儀をしている。
(馬というより、ロバ?)
そう、2頭いるその動物は馬よりロバに近い姿をしていた。
あのフィエールの相棒であるアレキサンダーの方がどちらかと言えば馬に近かった気がする。
でもこれならお尻の痛みはあまり気にしなくて良さそうだ。
「みんな、気を付けてな」
そんな声に振り返るとアルさんが王子たちと並んで私たちに微笑んでいた。
ちなみにデュックス王子はあの後真っ赤な顏ですぐに宮殿へと戻ってしまったため、見送りはツェリウス王子とクラヴィスさん、そしてアルさんの3人だった。
……そう。ここでアルさんともお別れなのだ。
なんだか未だに実感が湧かない。
「ラグ、二人をちゃんと守るんだぞ」
「……」
でもラグは何も答えずさっさと一人馬車へと乗り込んでしまった。
そんな彼に苦笑してからアルさんは軽く咳ばらいをし、私の隣にいるセリーンに熱い眼差しを向けた。
「セリーン。その、抱きしめてもいいか?」
「斬られたいか?」
「ですよねー!」
バっと天を仰いで、それでもアルさんは諦めなかった。
今度はいつもの彼らしいへらりとした笑みを浮かべ、右手を差し出した。
「せめて、握手だけでも……ダメか?」
「……」
するとセリーンは小さく息を吐き、ゆっくりと右手を上げた。
アルさんは目を見開いて、それから飛びつくようにその手を両手でがっしりと掴んだ。
「俺、これっきりなんて思ってないからな。君は俺の運命の人だから、絶対にまた会いに行く。だから一旦、さよならだ」
(アルさん……?)
そんな普通の女の子ならどきっとしてしまいそうな台詞に、しかしセリーンが照れるわけもなく。
「ふん、わけのわからないことを。もう離せ」
アルさんの手をぞんざいに払うと彼女も馬車へと乗り込んだ。
でもアルさんはとても満足げな顔をしていて、私も自然と笑みがこぼれた。
と、そんな私にアルさんが小声で言う。
「カノンちゃん、あいつのことよろしくな」
「はい、わかっています。……また、会えますよね」
私が言うとアルさんは満面の笑みで頷いてくれた。
一旦、さよなら。――それなら、そんなに寂しくは無い。
私も皆にぺこりと頭を下げて馬車へと乗り込んだ。
中は向かい合わせの4人席となっていて、私はセリーンの隣に座った。
御者のおじさんが扉を閉めてくれて私は窓から顔を覗かせる。
すると爽やか笑顔のクラヴィスさんと目が合った。
「本当にお世話になりました。皆さんとの旅、とても楽しかったですよ」
「私もです」
「お蔭で殿下も、これほどまでに、見違えるほどに成長いたしました」
「おい、失礼が過ぎるぞお前」
「え? どこがですか。こんなにお褒めしているというのに」
「お前……今の自分の立場をわかっているか? デイヴィスが残ってくれたんだ。お前護衛を外されるかもしれないんだぞ?」
「え、そんなの聞いていませんよ。アルディートさんやっぱり残るのやめにしません?」
「ええぇ?」
そんな3人のやりとりを見てつい笑ってしまう。
すると王子もふっと笑ってこちらを見た。
「皆、元気でな。いつかまた会おう」
その自信にあふれた表情を見て、私は言う。
「ドナを、私の友達をよろしくお願いします」
「!」
その瞳が大きくなって、それからツェリウス王子は「あぁ」と力強く答えてくれた。
御者が手綱を取り、ゆっくりと馬車が動きだす。
私は窓から身を乗り出してアルさんたちが見えなくなるまでずっと手を振っていた。彼らもその間ずっと手を振り返してくれた。
その姿が完全に見えなくなって、私は息を吐きながら席に着く。
「少し、寂しくなっちゃうね」
言うと、窓枠に肘を着き外を眺めていたラグが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「あいつはお人好しが過ぎるんだ。いつもいつも……」
そんなラグを見て「お?」と思う。
(もしかして、本当に寂しがってる……?)
と、そのとき隣から急にフフフという小さな含み笑いが聞こえてきて驚く。
「セリーン?」
「いやスマン。これで少しはあの子に会える機会も増えるかと思うと、ついな」
「増えねぇよ!」
速攻で怒鳴り声が上がって私は苦笑する。
――そうだ。少しの間、元のこの3人と、今はお休み中のブゥとの旅に戻るのだ。
埃っぽい風が窓から入って来て、私はもう一度宮殿のある方を見上げる。
するとあの高い塔が緑の合間から見えてきて、私はその白く美しい姿を目に焼き付けた。
きっとあと何年かすれば、友人もこうしてあの塔を見上げるのだろう。
そのとき彼女の心が、不安よりも期待と喜びに溢れていますように。そう願いながら、私は馬車の心地良い揺れと聞こえてくるパッカパッカという小気味よいリズムに身を任せた。
第5部 了
大人しそうな2頭の馬の前で御者らしきおじさんが恭しくお辞儀をしている。
(馬というより、ロバ?)
そう、2頭いるその動物は馬よりロバに近い姿をしていた。
あのフィエールの相棒であるアレキサンダーの方がどちらかと言えば馬に近かった気がする。
でもこれならお尻の痛みはあまり気にしなくて良さそうだ。
「みんな、気を付けてな」
そんな声に振り返るとアルさんが王子たちと並んで私たちに微笑んでいた。
ちなみにデュックス王子はあの後真っ赤な顏ですぐに宮殿へと戻ってしまったため、見送りはツェリウス王子とクラヴィスさん、そしてアルさんの3人だった。
……そう。ここでアルさんともお別れなのだ。
なんだか未だに実感が湧かない。
「ラグ、二人をちゃんと守るんだぞ」
「……」
でもラグは何も答えずさっさと一人馬車へと乗り込んでしまった。
そんな彼に苦笑してからアルさんは軽く咳ばらいをし、私の隣にいるセリーンに熱い眼差しを向けた。
「セリーン。その、抱きしめてもいいか?」
「斬られたいか?」
「ですよねー!」
バっと天を仰いで、それでもアルさんは諦めなかった。
今度はいつもの彼らしいへらりとした笑みを浮かべ、右手を差し出した。
「せめて、握手だけでも……ダメか?」
「……」
するとセリーンは小さく息を吐き、ゆっくりと右手を上げた。
アルさんは目を見開いて、それから飛びつくようにその手を両手でがっしりと掴んだ。
「俺、これっきりなんて思ってないからな。君は俺の運命の人だから、絶対にまた会いに行く。だから一旦、さよならだ」
(アルさん……?)
そんな普通の女の子ならどきっとしてしまいそうな台詞に、しかしセリーンが照れるわけもなく。
「ふん、わけのわからないことを。もう離せ」
アルさんの手をぞんざいに払うと彼女も馬車へと乗り込んだ。
でもアルさんはとても満足げな顔をしていて、私も自然と笑みがこぼれた。
と、そんな私にアルさんが小声で言う。
「カノンちゃん、あいつのことよろしくな」
「はい、わかっています。……また、会えますよね」
私が言うとアルさんは満面の笑みで頷いてくれた。
一旦、さよなら。――それなら、そんなに寂しくは無い。
私も皆にぺこりと頭を下げて馬車へと乗り込んだ。
中は向かい合わせの4人席となっていて、私はセリーンの隣に座った。
御者のおじさんが扉を閉めてくれて私は窓から顔を覗かせる。
すると爽やか笑顔のクラヴィスさんと目が合った。
「本当にお世話になりました。皆さんとの旅、とても楽しかったですよ」
「私もです」
「お蔭で殿下も、これほどまでに、見違えるほどに成長いたしました」
「おい、失礼が過ぎるぞお前」
「え? どこがですか。こんなにお褒めしているというのに」
「お前……今の自分の立場をわかっているか? デイヴィスが残ってくれたんだ。お前護衛を外されるかもしれないんだぞ?」
「え、そんなの聞いていませんよ。アルディートさんやっぱり残るのやめにしません?」
「ええぇ?」
そんな3人のやりとりを見てつい笑ってしまう。
すると王子もふっと笑ってこちらを見た。
「皆、元気でな。いつかまた会おう」
その自信にあふれた表情を見て、私は言う。
「ドナを、私の友達をよろしくお願いします」
「!」
その瞳が大きくなって、それからツェリウス王子は「あぁ」と力強く答えてくれた。
御者が手綱を取り、ゆっくりと馬車が動きだす。
私は窓から身を乗り出してアルさんたちが見えなくなるまでずっと手を振っていた。彼らもその間ずっと手を振り返してくれた。
その姿が完全に見えなくなって、私は息を吐きながら席に着く。
「少し、寂しくなっちゃうね」
言うと、窓枠に肘を着き外を眺めていたラグが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「あいつはお人好しが過ぎるんだ。いつもいつも……」
そんなラグを見て「お?」と思う。
(もしかして、本当に寂しがってる……?)
と、そのとき隣から急にフフフという小さな含み笑いが聞こえてきて驚く。
「セリーン?」
「いやスマン。これで少しはあの子に会える機会も増えるかと思うと、ついな」
「増えねぇよ!」
速攻で怒鳴り声が上がって私は苦笑する。
――そうだ。少しの間、元のこの3人と、今はお休み中のブゥとの旅に戻るのだ。
埃っぽい風が窓から入って来て、私はもう一度宮殿のある方を見上げる。
するとあの高い塔が緑の合間から見えてきて、私はその白く美しい姿を目に焼き付けた。
きっとあと何年かすれば、友人もこうしてあの塔を見上げるのだろう。
そのとき彼女の心が、不安よりも期待と喜びに溢れていますように。そう願いながら、私は馬車の心地良い揺れと聞こえてくるパッカパッカという小気味よいリズムに身を任せた。
第5部 了
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