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2017.02.26 (Sun)

My Favorite Song ~銀のセイレーンの歌~ 第五部 32-3

 それからお城に戻った私たちはすぐに支度をしもう一度王子たちのいる謁見の間へ戻っていた。
「本当にもう行ってしまうのか? せめて明日に」
「いや、急ぎたい」
 ラグの有無を言わさない口調に王子は諦めたのかそうかと溜息交じりに答え、クラヴィスさんに視線を向けた。
「クラヴィス、あれを」
「はっ」
 クラヴィスさんがラグへ何か書類を手渡した。
「船長への書状だ。すでに伝令は出したが、サエタ港に着いたらこれを渡してくれ」
「わかった」
「それと港までは馬車を使うといい。城門を出たところに用意してある」
「ありがとうございます」
 私は頭を下げてお礼を言う。何から何まで本当に有り難い。
 馬車に船、どちらもこの世界に来てから初めての乗り物だ。
(あ、馬になら乗ったか……)
 瞬間あの時のお尻の痛みを思い出しそうになって私は顏を上げた。
「皆には本当に世話になったな。皆の望みが叶ったら是非またこの城に立ち寄ってくれ。歓迎するぞ」
 王子はそう言った後で私に視線を移した。
「カノンは、叶わなかったらになるか」
「!」
 悪戯っぽく笑った王子に、私は曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。
 ……一体、王子はどこまで本気なのだろう。
(ドナの侍女はともかくとしても王弟妃っていうのは……)
「カノンさんの望みとは?」
「え」
 クラヴィスさんに訊かれてぎくりとする。結局彼に銀のセイレーンのことは隠したままだ。
 彼になら、とも思うが、今更な気もして口を開けたまま迷っていると、
「遠い故郷に帰ることだよな?」
そう王子が代わりに答えてくれた。
「そうだったのですか」
「あ、はい。そうなんです」
 ……間違ってはいない。
 ツェリウス王子のなんだか面白がるような視線を横目に私は苦笑する。
 まだ何か訊きたそうなクラヴィスさんを遮るようにして王子が続けた。
「叶わなければここに戻ってくればいい。僕もそれまでには国王となりドナをこの城に迎えていよう」
 するとクラヴィスさんがやっと私から視線を外してほっとする。
「殿下にはその前にやらねばならないことが山ほどありますからね」
「わかっている。まずは術士をこの城へ迎えることを皆に納得してもらわねばな」
「それが一番大変だと思いますよ。術士代表として俺も出来うる限り力にはなりますが」
 そう苦笑しながら答えたのは私の後ろにいたアルさんだ。
「そうだな。しかしこの国を守るためだ。どんなに時間がかかっても納得してもらう」
「またそんなカッコいいこと言ってぇ、一番はドナちゃんを守るためなんでしょう?」
 アルさんがにやにや顔で言うと王子はふっと笑った。
「好きな女性ひとり守れないようでは、国など到底守れないだろうからな」
 よっ殿下カッコいい! などと囃し立てているアルさんの声を聞きながら私はなんだか顏が熱くなるのを感じた。
 ドナに今の台詞を聞かせてあげたい。きっとものすごく真っ赤になって、こっぱずかしいことを言うなと怒鳴ることだろう。
「そのためにもデイヴィス。お前を頼りにしている。ここに残ると決めてくれて本当に心強い」
 先ほどアルさんがそう決めたことを告げると、王子はとても驚きそしてとても喜んだ。
「皆には悪いが、」
 そう言いながら王子の視線がセリーンに向けられて、それに気が付いた彼女は鼻で笑うように言った。
「煩いのが居なくなってこちらは清々とする」
「酷いっ! 予想はしてたけど!!」
 手で顔を覆ったアルさんを見て苦笑しながら、そういえばこんなやりとりももう見れないのだと思うとまた寂しさが込み上げた。
 王子はそれを見て楽しそうに笑い、それからもう一度私たち全員を見回した。
「本当にお前たちと出会えて良かった。お蔭で視野が広がった気がする」
「視野が、ですか」
「あぁ。術士のこともそうだが、今朝休みをとりながら考えていたんだ。僕はずっとこの呪いが疎ましかった。伝説の王女もな」
 胸元から笛を取り出し、それを優しげな瞳で見つめながら話した。
「だが、少し考えを変えてみた」
「考えを?」
 アルさんの問いに王子は頷き続けた。
「……王女は、僕たち子孫にただ愛し合って欲しかっただけかもしれないとな」
「え?」
 私は思わず声を上げていた。
「自分たちが幸せになれなかった分、愛した者とずっと離れず共にいられるよう、そんな思いを込めたまじないを掛けたのかもしれないと」
 驚いた。
 そんな考え方もあるのかという驚きと、ツェリウス王子自身がそれを考えたのだということに。
 皆も私と同じように唖然とした顏をしていて、それに気付いた王子が照れたように咳ばらいをした。
「まぁ、はた迷惑なことに変わりはないがな。そう、思えるようになった」
 そして王子は笛をまた大事そうに胸元に仕舞った。
 私はなんだか胸が熱くなってきて、大きく頷いた。
「私も、そう思います!」
 王女の呪いと考えるよりも、王女の願いのこもったまじないと考えたほうがずっといいに決まっている。
 すると王子はとても満足げに笑ってくれた。



「おっ、セリーンじゃねぇか! どうした。陛下に何か用か?」
 王の間へ足を運ぶとそれまで硬い表情で扉の前に立っていたドゥルスさんの顔が一気に緩んだ。
「いや、お前にだ。私たちはもうこの城を去ることになったのでな。挨拶に来た」
「は!? 去るって、まさか今からか!?」
「あぁ」
 ドゥルスさんに挨拶に来たのは私とセリーンだけ。ラグも誘ったのだが初対面で格好悪いところを見せてしまったせいか嫌そうな顏で断られてしまった。
 アルさんはまだ何かドゥルスさんに思うところがあるのか、セリーンが他の男と仲良く話しているところなんて見たくない!と言ってやはりついては来なかった。
「待て待て。今夜の夜会にも出ないつもりか! うちの奴お前たちのためにっていつも以上に腕を振るってるぞ!?」
「それはとても有り難いが……急ぎの旅でな」
 セリーンが苦笑しながら言うとドゥルスさんは大きく動かしていた腕を力無く下ろした。
「そうか……。てっきりもうしばらく居るもんだと」
「すまんな。私も一度くらい昔のようにお前と手合わせしてみたかった」
「おいやめろや、泣けてくるじゃねぇか!」
 言いながらドゥルスさんはもう目の周りを真っ赤にしていた。
「相変わらず涙もろいな。奥方にもよろしく伝えてくれ。忙しいところを邪魔しては悪いからな」
「あぁ、わかった」
 ずずっと鼻を啜りながらドゥルスさんが頷く。
「あとクストスやリトゥース、それにフォルゲンにもな」
 フォルゲンさんの名が出た途端、ドゥルスさんの顔が引きつった。
 それを見てセリーンは口の端を上げる。
「いい医者じゃないか。初孫、楽しみだな」
「ぅぐっ、……ま、まぁな。生まれてくる子にゃぁ罪はねぇ」
「ハハ。ドゥルスが祖父さんか。いつかまた会いにくる。それまでは元気でいてくれよドゥルス」
「勿論だ! じじいになっても俺はずっと現役だぞ!!」
 そうして楽し気に笑い合う二人を見ながら、確かにアルさんは来なくて良かったかもとちらっと思ってしまった私だった。



 王子たちは城門まで見送ってくれるといい、私たちは共に宮殿を出た。
 庭園を歩きながらもう少しこの綺麗な場所に居たかったなと思っていると。
「カノン!」
「え?」
 大きな呼び声に私は振り向いた。
 宮殿の方から駆けてくるのはデュックス王子だ。私は顔が強張るのを感じた。
 王子ははぁはぁと息を切らしながら、私の元まで来て必死な顏で言った。
「出立すると聞いたのだが、嘘、だよな?」
「あ、……その」
 先ほどは肖像画のことですっかりうやむやになってしまって結局ちゃんとお返事出来ていない。
 ツェリウス王子も思い出した様子であーと小さく声を上げている。
 ここはしっかり謝らなければと私は頭を下げた。
「すみません!」
 すると王子は開けた口をそのままにがくりと頭を垂れた。
「本当にすみません! 折角誘って頂いたのに」
「……本当に、行ってしまうのか?」
「はい」
「デュックス。無理を言うんじゃない。彼らには彼らの目的があるんだ」
 そうツェリウス王子が間に入ってくれた。
「兄さま……わかっています。カノン、また会えるか……?」
「えっと……」
 はいと答えてしまうのは簡単だ。でも、言えなかった。
 するとデュックス王子は急に私の前に片膝をついて、こちらを見上げた。
「また会えたら、その時こそは僕の誘いを受けて欲しい」
 そして驚いている私の手を取った。
 え? そう疑問に思っていると、ちゅっと手の甲にデュックス王子の唇が押し当てられて目を見開く。
「待っている」
「~~っ」
 手が、いや全身が熱くて私が何も言えずに口をパクパクとさせていると、背後からセリーンの「やるな弟」という感心したような声とラグの舌打ちが聞こえた。


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